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未来をつくる資本主義(結論) [経営学〔組織と戦略〕]

未来をつくる資本主義(結論)

2012年9月2日(日)
大学の機能について、評論家たちが、悪意なのか無意識なのかは別として、ミスリーディングな言説を続けている。いわく、「日本の小学生は世界でも基礎能力が高いほうなのに、大学になると世界レベルで競えないほど能力が低下する。一昔前の日本のサッカーのようではないか、コーチの指導と大学人に責任がある」とかの言説は、まことしやかにお茶の間に広まる。

これが間違いなのは、リーマンショック後の「市場原理主義」批判がミスリーディングな言説であることと同じだ。サブプライムローン問題のそもそもの発端は、連邦住宅抵当金庫(ファニーメイ)という半官半民の政策機関であり、政府の住宅=低金利政策だったことを忘れたふりをして、すべてを「ウォール街の強欲」のせいにしてワシントンはたくみに逃げ切った。あれが「市場の暴走」だとしたら、政府に乗せられた市場の軽率さを「暴走」と呼んで責任転嫁をしているだけだろう。

教育機関の役割が変わったこと、その社会的期待に今の大学が応えられていないことは確かだ。大学の環境である資本主義シ ステムが大きく変貌を遂げたからだ。コーディネートされた資本主義は、相互補完的な制度によって下支えされている。日本の経済成長を実現した資本主義もま た、多くの相互補完的な制度を持っている。企業もそうだし、学校も重要な制度の1つだ。

これまで、日本の資本主 義は、標準品を効率よく、高品質に大量生産すること、それを海外に輸出することで成長してきた。政府は業界を行政指導し、企業の戦略部門として優秀性を発 揮した。高品質の大量生産品を輸出するための「現場」として、企業は、その組織デザインを最適化されていた。
教育もまたそのために有効な制度として機能した。こういう社会的コーディネーションが、日本全体としての競争力の源泉となった。

制度補完性.gif 

制 度は、上図のようなものだ。新卒一括採用と定年退職制、OJT、自社内の資源をベースにイノベーションや品質管理を行う戦略と組織能力、経営戦略策定力よ りも現場力に依存する組織文化、親会社から子会社、孫会社に連なる垂直統合的な製造プロセスと企業統治、すべてが寸分の狂いもなくかみ合わさっている。ま るで千分の一ミリ単位でかみ合っている金型部品のように、制度は補完性を持っている。

同様に、企業と大学も補完 性を持った制度だ。企業と業界団体、業界団体と行政官庁機関、もまた補完的な制度だ。それぞれのコーディネーションの方法は、国や時代によって異なる。大 学生にどの程度の、どのような性質の能力を身につけさせる必要があるのかも、大学だけではなく企業や社会が決める部分が大きい。

そ して制度は全体として環境に適合しようとする。経済成長を遂げた国や、大企業になった会社。どちらも特定の環境にうまく適合できた証拠なのだ。日本は成功 し、日本の大企業もまた(かつて)成功したこと。しかし、いったん環境が変わってしまえば、かつて成功をもたらしたコーディネーション装置=制度は「成功 の罠」に陥っていく。

環境が変わり、かつて有効だった日本型のコーディネーション制度は環境不適合をひきおこす ようになった。たとえばメインバンクの役割は変わり、総合商社の冬の時代がやってきた。官僚制化した巨大企業は、市場もサプライヤーも官僚主義的なアプ ローチで管理可能とうぬぼれるようになる。「フォーラムとしての市場」のなかで「ノードとしての企業」になり、顧客やサプライヤーと共創経験を積むことな ど、今の日本大企業の組織文化には困難だろう。

企業や社会に人材を送り出す日本の大学もまた、そこで育成すべき 「能力」への社会的期待が変わったけれども、「成功の罠」に陥って、高度成長期の大量生産的教育を脱しきれない。企業が顧客と共創経験をしなければならな いのなら、大学こそ学生と地の共創経験を蓄積しなければならないだろう。企業が「オープンイノベーション」で顧客を育成しなければならないのなら、大学こ そ学生の目線から彼らを育てなければならないはずだ。しかし日本はそういう方法で成長してこなかった。

多元化する能力.gif
■近代化=工業化
さて、上の表を見てほしい。教育学の専門家、大佛次郎論壇賞をとった本田(2005)が、旧い資本主義と新しい資本主義で、教育すべき能力がどれだけ違うかを表にしたものだ。
左側は、工業化を達成するために、日本の資本主義=近代化が必要とした労働者の能力と解釈してよいだろう。巨大な組織、工場、事務所で高品質な労働を提供するために、文部省・通産省は、画一的なマスプロ教育をめざした。
そ の中身は、マニュアルを読むための基礎学力であり、標準的な知識量と速度(てきぱき)、職場環境への順応性と協調性、他人と異ならないこと(同質性)を教 育目標とした。日本は、この教育目標を達成するために小学校から大学までの教育機関を設置し、すばらしいことにこの目標を効率的に達成したのだ。だからこ そ「近代化」すなわち工業化が、こんなに資源のない国で可能になった。

評論家は、現在の教育の低迷はこの成功と同じコインの表裏であることを忘れたふりをして批判している。近代化に成功したからこそ、ポスト近代化に乗り遅れている面があることを強調しておきたい。

■ポスト近代化=グローバルなIT社会
文 部科学省は「生きる力」という教育目標を掲げるようになった。IQからEQへのシフトである。既存の知識を効率的に獲得することから、自ら新しい情報を発 信することへ。個人からネットワークへ、受動から能動へ、画一性から多様性へという変化はわかりやすい。経営学で言う「イノベーション」能力を文科省は育 てたいのだ。

この目標はまちがっていない。しかし今日の教育の混迷は、このポスト近代の目標を近代型の制度(組 織、慣行、考え方)で実行しようとしていることに由来している。戦略がいくら新しくなっても、旧い船の旧い水兵たちはその航路をとれない。組織には、いま までの成功を支えてきたルーチンがあり、組織の進化とはルーチンの進化なのだから、旧船の「組織慣性」はやすやすと新しい戦略を自分流に解釈して、かつて 来た航路に進み始める。

教育学の視点から本田(2005)は、近代型能力は生徒の「努力」=「勉強量」によって達成できたが、ポスト近代型能力はどうすれば達成できるのか、誰にも分からない性質のものであると述べている。ここにこそ教育の混迷の本質があると思う。

グ ローバル人材が足りないから日本企業は負けている、大学は何をしている。という言説も、たぐいまれなコミュニケーション能力を持ったグローバル人材という ものを、努力=勉強量で育成できるとしたら、日本の大学は効率的に作り出せる。しかし、方法論が曖昧な概念だけを与えられても、組織はこれまでのルーチン を繰り返すほかない。その結果、3年で3割が辞める新卒社員が毎年、学窓を出ていく。

日本だけでなく、基本的には、世界中のどの教育機関でも、近代化のための人材は育成できてもポスト近代化のための人材育成は苦手だ。努力しなさいと学生たちに言うことはできても、人生は才能だよと学生に言い放つ教師はいない。自らの価値を否定することになるからだ。
スティーブ・ジョブズを育成せよと大学に依頼しても「不可能です」と答えるしかない。ジョブズにせよ、ビル・ゲイツにせよ大学中退であることを思い出してほしい。

現 実的に、教育の混迷は日本の新しい資本主義のための大きなネックとなっている。教育を少しでも21世紀型に改革する必要はある。そのためには教育機関に目 標だけでなく方法論を与えること、新しい船と水夫=組織ルーチンを変えることだ。それが、工業化に成功した日本が、未来の資本主義を創造する唯一の道だと 思う。それは遠い道でもあるだろうが、他の道は日本滅亡につながる。

■脚注 経営者のポスト近代型能力
今朝の日経新聞、朝日新聞にシャープの社長会見が掲載されていた。金曜日の鴻海精密工業会長との話し合いが結論に至らなかったことの、トップとしての当然の会見だ。会見を打ち切ってテリー・ゴー会長が帰国してしまったことで、シャープの株はまた売られた。
3 月に鴻海と資本提携の約束したとき、605円だった株価は今では売り込まれて200円を切っている。約束通り550円で買ったら、鴻海が赤字をこうむる し、安くなった分だけ量を多く出資してもらうと、鴻海の支配力が強くなりすぎる。当然、日本のメインバンクは難色を示す。3624億円の残高があるコマー シャルペーパー(CP)の返済問題も迫っている、スタンダード&プアーズは8月31日付けでシャープの長期格付けをトリプルBからダブルBプラスに二段階 引き下げた。これは「投機的」な投資対象という意味だ。さあどうする、という土壇場での遅すぎる会見である。

こ ういう名門企業が、どたばたしているのを見ると、株主でなくても切ない気持ちになるだろう。グローバル人材が不足しているのは経営層ではないのかと。 シャープの経営者に必要なのは、まさに予測できない環境でイノベーションを可能にする、戦略的な競合とも友好に提携を結び、株主やサプライヤーに信頼され るようなコミュニケーション能力である。つまりポスト近代型能力だ。でもどうやって経営者能力を刷新するのか???


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