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東芝ショックとトラスト・コスト [経営学〔組織と戦略〕]

2016年12月29日

東芝ショックとトラスト・コスト

「トランプラリー」の興奮のあと、「東芝ショック」 が日本マーケットを襲った。Financial Timesなど海外にもトップ記事に並ぶ扱いでニュースが伝わっている。この会社が、このタイミングでマーケットに与えたダメージは予想外に大きく、長引くとみている。キーワードは信頼コスト(trust cost)だ。

James Montierが行動ファイナンスの本に書いていたが、投資家は情報の非対称性に直面して、しばしば極端な行動をする。その一つが「確証バイアス」confirmation biasと呼ばれるものだ。今回、東芝は投資家に不信の確証バイアスの根拠を与えた。

 

(続き)

エージェンシー・コスト論から言えば、投資家は経営者ではないから、会社の本当の財務事情を知り得ない立場にある。株主は組織外部者であり、情報の非対称性リスクにさらされている。

歴代の経営者によるまちがった事業戦略、失敗を隠すための強引な数字作り、虚偽会計報告は、そのリスクを現実のものにしてしまった。2015年、それが明らかになった時点で、投資マネーは東芝からともかく去った。

投資家がどうリアクションしたかは、
2015年3月27日高値535.0円→2016年2月12日安値155.0円
の急落だ。FTではこういうときは"plunge"という単語が使われる。まさに海に飛びこむような落下ではないか。

この1年弱の間、経営陣は訴えられ、社員は生まれ変わろうと懸命に努力した(と投資家は考えていた)。そして東芝の株価はゆっくりと持ち直していった。それは半導体と原子力への「選択と集中」、不採算部門からの撤退と思い切ったリストラによって、業績予想も上方修正したからだ。

その結果、投資家の行動は、
2016年2月12日安値155.0円→12月15日高値475.2円
までリアクションした。

しかしこの反発の間、投資家の内心はどうだったのか。彼らは東芝を買い増ししながらも、心のどこかで疑心暗鬼は持っていたと思う。企業がいったん失った信頼を取り戻すことは、それほど難しいのである。情報化時代のトラスト・コストは大きい。

そして12月26日、予定していた社長会見が突然延期される。

何事かと投資家や社会の疑心暗鬼はつのり、翌日12月27日、不透明感満載の米原発事業の減損についてのプレス発表である。

当然のことながら、翌28日はストップ安。それは1日では終わらず、ストップ安はザラバ中に三日間続いていた。29日終値、258.7円まで売り込まれた。

もちろん株価は逆張り好きな日本の個人投資家によって、いったんは買い戻しが入るだろう。しかしダメージは深く、あわてんぼうの個人投資家を裏切る結果になりそうだ。

今回のニュースの出方も不快だった。情報は、例によって「1000億円の特損」から始まって「数千億円」から「金融機関に支援」まで、底なし沼のように次々と悪い材料が出された。これも透明性の観点からみて非常に問題だ。

そして最大の問題は、投資家が、「やっぱり東芝は変わってないじゃないか」という証拠として、今回の減損を理解したことにある。これは投資家にとって絶好の「確証バイアス」となってしまった。信頼は二度目の喪失をした。

行動ファイナンスにおける確証バイアスとは簡単に言えば、「ほらみたことか」という感情である。企業は信頼(トラスト)という絆で社会と結び付いている。そしてその絆は細くてもろい。IRやCSRに熱心な企業は、そのもろさを知っているのである。

新聞各紙を時系列でひろってみると、

  • 「東芝、特損1000億円規模、米原発の資産価値減」(日経新聞デジタル、2016年12月27日午前2時)
  • 「東芝が売り気配、特損1000億円規模、米原発で減損」(日経デジタル、12月27日午前9時)
  • 「東芝、数千億円規模の損失計上か、米原発会社の買収巡り」(朝日新聞デジタル、12月27日午後12時)
  • 「東芝、最大数千億円規模の損失計上、米原発事業で減損」(日経デジタル、12月27日午後4時)
  • 「東芝、止まらぬ損失、WH買収で”10年の重荷”」(日経デジタル、12月27日午後5時)
  • 「東芝常務、資本増強を検討と説明、財務基盤強化へ」(日経デジタル、12月27日午後6時)
  • 「東芝社長、原子力事業の減損リスク”12月中旬に認識”」(日経デジタル、12月27日午後6時半すぎ)
  • 「東芝、最大数千億円を損失計上の可能性、正式に発表」(朝日デジタル、12月27日20時)
  • 「WHまたも巨額損失、東芝、半導体の片翼飛行続く」(日経デジタル、12月27日午後8時)
  • 「海外子会社に死角、WHの買収に統治効かず」(日経デジタル、12月28日午前1時半)
  • 「東芝、原発事業が足かせ、巨額損失、再建に暗雲」(朝日デジタル、12月28日午後5時)
  • 「S&P、東芝を”シングルBマイナス”に1段階引き下げ、格付け方向で見直し」(日経デジタル、12月28日午後6時)
  • 「東芝が売り気配、格付け会社が相次ぎ格下げ」(日経デジタル、12月29日午前9時過ぎ)
  • 「東芝が続落、大引けは258円70銭、売買高6億株超」(日経デジタル、12月29日午後3時半)

こういう投資家のリアクションに批判的な向きもある。伝統的な日本的経営論の方々だ。

たしかに、かつて日本企業が「信頼」ではなく制度によってマーケットと結びついて時代があった。その中核がメインバンク制度であり、会社が企業グループの枠に守られていた、グローバル化する前の閉ざされた時代の話である。当時は、企業の不祥事は「ごめんなさい」と言えば企業グループが許してくれた。今、SNSとグローバル化の時代に、社会は許さない。

日本の会社が安定株主によって保有されていたのはバブル崩壊前である。1980年代後半、安定保有費率は45%前後だった。それが40%を切るのは、1997年である。2002年には30%も切り、27.2%に落ちる。

「もの言わぬ株主」によって保有されている時代は過去のものだ。先の三菱自動車の例でも明らかだろう。今は、外国人投資家や個人投資家が浮動株主として冷めた目で会社をみている。

スタンダードな教科書『企業分析入門』(K. G. パレプ他、東大出版会)が言っているように、財務報告は社会的に重要な役割を果たしている。東芝にまつわる不気味な闇は、財務報告のベースとなる情報に関するものである。それだけにダメージは東芝一社だけにとどまるものではないと懸念される。「やっぱり日本企業は」という以前のイメージに戻ることが懸念されるのであり、外国人投資家に「確証バイアス」を与えてしまうことが心配である。トラスト・コストを過小評価してはならない。


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