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未来をつくる資本主義(その2) [経営学〔組織と戦略〕]

2012年9月1日(土)

新しい資本主義を考える(その2)

新しい資本主義が、現実に現れた象徴的な出来事はベルリンの壁(1989年11月)とソビエト(1991年12月)の2つの崩壊だった。計画経済が崩壊した後に残ったのは資本主義だった。当初、勝ち残った諸国はそれを資本主義の勝利と呼んだ。それは一種の勝利にはちがいなかった。相手が崩壊したのだから。

■マクロ的視点
しかしそれが厳密な概念でもなければ、勝った側全員の勝利でもなかったことを知るにはあまり時間を要しなかった。勝者と宣伝された資本主義諸国は、その実態においてあまりにも多様だった。またその多様性(成長力や人口構成や技術力など)に応じて、一様に勝者と呼べないほど豊かさもさまざまだった。さらには、計画経済諸国の内部に「資本主義」が開放されるようになり、従来の資本主義国よりも高い成長をなしとげるようになった。マクロに言えば、冷戦時代の敵は自滅したけれども、味方の内部に勝者と敗者が生まれたのである。資本主義の勝利とは、いったい何だったのかが新たに問われるようになった。

「資本主義の多様性アプローチ」*と呼ばれるこの議論は、企業を経済成長の基礎単位と捉え、企業が価値創造するために決定的に必要なことは、従業員や政府あるいはサプライヤーなど多方面なステークホルダーとの「調整」問題を解決することだとみなす。
 *ホール&ソスキス『資本主義の多様性』(翻訳はナカニシヤ出版、2007年)
このコーディネーション問題の捉え方は、レギュラシオン学派およびミルグロム&ロバーツの『組織の経済学』など、近年、市民権を得た議論の延長線上にある。
ホール&ソスキス(2007)は、企業を基礎単位としながら、ゲーム理論の戦略的な相互作用を軸に、2つの概念を提示する。

【自由な市場経済 liberal market economies 】
 アングロサクソンの資本主義。自由競争的な市場、そして企業のようにフォーマルに承認された組織メンバーを持った持続的実体としての階層(ヒエラルキー)のふたつから成る、まさにウィリアムソンの取引コスト経済学が理論化したような資本主義。

【調整された市場経済 coordinated market economies 】
ド イツや日本のような資本主義。企業がコア・コンピタンスを発揮するのは、社会的ネットワーク、政府や地域社会との調整などの信頼に下支えされている資本主 義。たとえば従業員にとっての終身雇用や経営者にとっての適度に上限が押さえられた報酬などが「調整」の分かりやすい例だ。

■ミクロ的視点
マ クロな機構=資本主義のエンジンは、個別のミクロ機構=企業組織だ。企業からみた環境もこの四半世紀で劇的に変化した。1990年に大学を卒業した世代 は、企業人として、このドラスティックな変化に巻き込まれて仕事をしてきたのである。彼らの上司と彼らは、別の世界を生きている。

その変化 をもたらした要因は、新興国の市場参入、IT技術の進化、インターネット環境の整備、サプライチェーンのグローバル化、ビジネスモデルのデジタル化などよ く知られた要因である。こうした変数に個々の企業がどのように対応してきたかも、今では衆知であろう。たとえばハート(2012)は次のように整理してい る。

【現在】の戦略と見返り
 【内部】汚染防止(コスト&リスクの低減)
 【外部】プロダクトスチュワードシップ(評判&正当性)

【将来】の戦略と見返り
 【内部】環境技術(イノベーション&リ・ポジショニング)
 【外部】ピラミッドの底辺=BOP(成長&道筋)

ハート(2012).gif

たとえば汚染防止。これは自社の「現在の事業活動に起因する廃棄物や排出を減らすこと」(前掲書)であり、廃棄物を減らすことによってコストと訴訟リスクを減らす。自動車産業でいえば、これは1970年代から1980年代にかけての戦略だ。

プ ロダクトスチュワードシップは、自社企業の枠組みを超えて、サプライチェーンのステークホルダー全体を対象とする戦略だ。ナイキやアップルのように自社工 場を持たないファブレス企業は、1990年代後半のナイキ不買運動、最近のアップル製品を生産している中国工場の事例が示すように、サプライチェーン全体 に対する企業の正当性を考えなければならなくなった。自動車産業で言えば、これは1990年代のBMWの「解体しやすい構造設計」への取り組みにみられる 戦略だ。

環境技術は、汚染防止のカイゼンによる延長線にはない。企業の考え方やルーチンを劇的に変える内部能力のイノベーションを意味す る。内部資源を持続可能な技術にリ・ポジショニングする機会でもある。そしてほとんどの大企業は、固定観念や従来からのルーチンによってこのイノベーショ ンに成功していない。ハートは、これに成功した企業こそ、将来の経済成長を担うと言っている。自動車産業で言えば、2000年代に入って商品化されたハイ ブリッド車のような代替エンジン車があるが、ハートは、まだまだ不十分であると言っている。

BOPは、将来の経済成長を考える上で、その担 い手がどこにいるのか、どんなニーズを持っているのかを捉えるために不可避の市場だ。先進国の豊かな顧客をターゲットにしてきた大企業は、このニーズに鈍 感になっており、この40億人の巨大市場をとりこぼしている。HP、P&Gといった成功例はむしろ例外的である。自動車産業をみれば、新興市場向 けの再生可能な次世代自動車の開発と、採算がとれて安価な商品化は未達の課題である。

ハートは「持続的価値」というキーワードを「人類をより持続可能な世界へ導く株主の富」(前掲書)と定義している。ここで人類という概念と株主という、それよりも狭義な概念が無造作に重なっているのが気になるにしても、その主旨は明快だろう。

こ の主旨の中で、企業という組織は、旧い資本主義システムとちがう役割を担う。それはプラハラード他(2004)が指摘している「ノード企業」と言い換える こともできるだろう。「共創経験のネットワーク」において中核を担う接点としての企業とでも言おうか。プラハラードらの描く新しい資本主義社会では、市場 は単なるトランザクション(交換、取引)の場ではなくなる。それは企業、消費者、サプライヤーなどのステークホルダーがともに価値を経験し創り上げる 「フォーラムとしての市場」(プラハラード他『価値共創の未来へ』2004)となる。

こういう新しい資本主義の理論は、工業化を軸にした20世紀に揺らぎを迎えた旧い資本主義と別の次元に私たちが入ったことを、新しい概念で示そうとしている。
当然、旧い資本主義の理論ほど、成熟していないし、古典物理学を応用した企業経済学の概念ほど確たるものではないかもしれない。しかしそこには未知の将来に向けての有益な考察がある。

私たちが、新しい資本主義や新しい社会に生きていることは誰しも感覚的に知っているが、まだ私たちはその理論を持たない。では、現代日本に何を語っているのだろうか。この考察は次の回に譲ろう。


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