SSブログ

村上春樹と日本人論

murakami_ainiiku.jpg

 20年以上、組織を研究してきた。海外にも留学した。結局のところ、「日本人」とか「日本社会」「日本的組織」とは何だろう、と思う。
 村上春樹と河合隼雄の対談集にヒントを見つけた。
 経営学、経済学、社会学では「日本的組織論」が流行したのは1980年代だ。日本の内外で「日本特殊論」が言われたし、当時は「日本的」なものは疑いの余地なく存在し、機能すると思われた。今、社会科学でそんなことを言う人はほとんどいなくなった。
 臨床医学の分野では「日本的」というのは(まあユング派だから当然だが)今でも生きている。PTSD(ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー)いわゆる心的外傷後ストレスの話だ。

ユング派の精神科医、河合隼雄は言う、
「大きなショックを受けた人が、しばらくの間、普通にがんばっているんだけれど、ずいぶん長い間たってから、突然症状が出るという現象」がPTSDだ。「それはアメリカなどではだいぶあるんですね、ノースリッジ地震があって...」その後、アメリカにPTSDの治療に行ったという。

 河合の発言を要約する:何かの災害に遭った場合、じゃあ誰がその責任を負うかというと、考え方、発想として、「欧米人の場合は、あくまでも個人のレスポンシビリティーですから、それをグッと受けとめて辛くなった人はノイローゼになってしまったりする」し、後からPTSDが出たりする。しかし欧米人は個人として災害を受け入れ、それに反応し、それを個人として乗り越えようとする。個人として乗り越えていける強さがある。ところが日本ではどうか。

「日本人の場合、衝撃を個人で受けとめなくて、全体で受けとめているのですよ。・・・レスポンシビリティーにも、個人のレスポンシビティーと集団のレスポンシビリティーがある。日本人は、集団というか場のレスポンシビリティーですから。だから、神戸に地震が起こったということを、なんとなく神戸全体で受けとめているのです。」
 だから日本人の場合は、集団の中の「だれかが神経症的な症状をはっきりと露呈するということは少ないのです。症状を形成する力が(個人に)そなわっていない。」
「日本人の場合は、もう、泣いて不満を言うばっかりの人がいるんです。なぜわたしだけがこんなに不幸なのか、と言っていてね。自分で乗り越えるしかない、というふうにはなかなかならない。だって責任はみんなにある(と考えられている)わけだから、わたしの不幸をなんとかしてちょうだい、という恰好になる。なかなか治りにくいのです」(河合隼雄・村上春樹『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』新潮文庫、1996、p.26以下より)

 自我の構造、責任の構造が「私」にあるのか「みんな」で受け止めるのか、それは臨床医学にとって大きなちがいだという。
「私」の欧米人には、個人としてPTSDを乗り越えて行ける。一方、「みんなのせい」という責任意識の日本人には、ふっておりた災害を個人として受け止めることができない。だから個人として治癒することもない、そういう話だ。

 村上春樹の文学的モチーフは、「デタッチメント」分離にある、とこの対談で言っている。
 日本社会の心理は「コミットメント」にある。「全社一丸となって」とか「一億総なになに」などという個人が全体から未分離の状態にあることが「コミットメント」だ。
 これができない個性を持った人間は日本社会ではKYと呼ばれ、変わった奴、と白眼視される。集団と違うことでいじめが始まるのだ。村上春樹はそういう日本社会、日本組織からデタッチしたかったという。

 男女の恋愛は、デタッチメントを前提にしか成立しない。自分の内側の価値観、それは親とも仲間集団とも会社とも、まったく無関係な神聖な領域を心の中に持っていないと、だれかをほんとうに愛することは不可能だ。日本社会ではわかりにくい論理だろうが、これがヨーロッパ文化の論理だろう。

 僕は、そういう2つの論理の恋愛物語(Carla's Story)を、水彩画のつもりで一枚づつ書きつないでいる。全体として物語の構造がどうなるか、今のところ分からないけれど、要するに、恋愛が成立する前に、デタッチメントがなければならない。孤独でなければ愛は不可能だ。家族の影を個人がひきずっている日本で、純粋な恋愛は可能なのだろうか。

 「純粋な恋愛」を「純粋な人生」と言い換えてもいい。恋愛が可能でないとしたら、人生は可能なのだろうか。誰でも生きることはできる。ほんとうの意味で自分自身の人生を生きることが、日本では可能なのだろうか。この古く新しい課題を現代の日本人も抱いている。


nice!(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:blog

nice! 0

トラックバック 1

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。