SSブログ

未来をつくる資本主義(その1) [経営学〔組織と戦略〕]

capitalism_at_crossroads.jpg
S.L.ハート『未来をつくる資本主義』(原書、2010;邦訳、英治出版、2012)

2012年8月30日
大学の役割が今ほど問われていることはない。大学で教えていても、今の大学生が直面する「現実」と理論のギャップを感じる。
たとえば「企業」は、何のために存在するのか、どのような機能を期待され、実際にどのくらいその期待に応えているのか、という議論は、教える教師のほうでも考えさせられるほど、理論と現実にギャップが大きくなってきた。

日本の大学とは何か、この問題は大学だけを考えても答えは出ない。大学や教育機関をとりかこむ資本主義システムという環境そのものの変貌を考えなければならない。新しい現実を再把握するために、新しい資本主義論は、この10年余り、さかんに議論されている。定番となった文献を(翻訳のある限りで)みてみよう。

  • ジョージ・ソロス『グローバル資本主義の危機』(日経新聞社、1999)
  • アラン・B・ジョーンズ『知識資本主義』(日経新聞社、2001)
  • C・K・プラハラード他『価値共創の未来へ』(ランダムハウス講談社、2004)
  • P・A・ホール&D・ソスキス『資本主義の多様性』(ナカニシヤ出版、2007)
  • ロバート・B・ライシュ『暴走する資本主義』(東洋経済新報社、2008)
  • スティーブン・デイビス他『新たなる資本主義の正体』(ランダムハウス講談社、2008)
  • スチュアート・L・ハート『未来をつくる資本主義』(英治出版、2012)

このテーマに関心がある人なら、最低、これだけは読んでいるだろうと思われる文献リスト。いちばん有名なのは、クオンタム・ファンドの世界的相場師ソロスの本だろう。著者の名前につられて読んだ人も多いと推測する。ヘッジファンド流の、あこぎなハウツーが詰まっていると期待した読者は肩すかしを食うだろう。

カール・ポッパーの弟子を自認するソロスは、本書で、アカデミックなスタイルで通貨制度や投機しいては国家と金融の危うい関係までを語る。ただし、 ユーロ導入、ITバブル崩壊、リーマンショック、新興国市場という今日の金融市場を語る4つのイベント以前の分析なので時代を感じる部分もある。

ITについてならジョーンズ(2001)を、新興国市場やBOPについてならプラハラード他(2004)を読むとなお興味深い。

ク リントン政権の労働長官だったライシュの本は、アメリカの資本主義が文字通り「Super Capitalism」(原題)の様相を呈していることを、政治と経済の接点からわかりやすく論じている。現代アメリカ資本主義の歪みを知るためには必 読。マーケットを見ている人は、毎月の雇用統計などのインデックスに敏感になるが、数値の億にあるもう少し構造的な歪みをこの著者は教えてくれる。

こ れらの本は、論点がそれぞれ異なるから共通して主張していることは皆無に等しい。あえていえば共通点は、「市場」の役割の変化だ。プラハラード他 (2004)とハート(2012)は、これまでの「市場」と「企業」の関係を問い直す点で、また新興国市場の重要性についても一致している。

前者は「経験のネットワーク」とか「共創」という視点から、後者は「持続可能性」や「環境」の視点から、これまでの20世紀型の工業化資本主義を乗りこえられるとする。新しい資本主義の指針として、もっともな見解だ。

フォーラムとしての市場(プラハラード).gif

プ ラハラードは、コア・コンピタンス経営論で世界的に有名な経営戦略論の教授だが、資源ベース論らしく、企業の能力を中心に、消費者との価値共創という視点 から新しい戦略論をイメージする。表にあるように「フォーラムとしての市場」は単なる財の取引(transaction)の機構ではない。そこで企業と消 費者が経験を共創し、価値を共創する複雑な場なのだ。新しい資本主義のコア・コンピタンスとして的確な議論だろう。

こうして、従来とはち がう視点から「市場」や「顧客」や「環境」を扱うことの大切さはよく理解できるし、それに成功している企業のケースにも肯ける。しかし、資源ベース戦略論 一般に該当する疑問だが、戦略と組織上のそうした大転換を、特別な資源も能力も持たない普通の企業がどうやって実行すればいいのか、普通の企業にとって、 それは可能なのか。それが分からないのだ。そこから先は、各経営者が個別に考えるべきということなのだろう。次回はもう少し詳しく新しい資本主義と経営に ついて書くつもり。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。