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マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」 [ジャズ日記]

 

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2010年4月5日(月)
マイケル・ジャクソンが突然われわれの前からいなくなったころ,僕は繰り返し彼の動画を見た。子供のころから30代までの「ビリー・ジーン」だけを何十という動画をダウンロードして見ていた。すごいとしか言いようがない。

ピカソにも傑作と佳作があるように,ビリー・ジーンのパフォーマンスにも肩の力が抜けた佳作があった。それは短い練習風景で,バックバンドも出だしをまちがったりして,マイケルがクスッと笑って歌い出す。

印象に残っているのは,彼のステージで踊る選び抜かれたバックダンサーたちが,彼の何気ない練習を食い入るように見つめて,学び取ろうとしていたことだ。素人にはわからない水準の向こう側で,なにかが確実に行われていた。

あれだけの表現力と人気と,財産と,とにかくすべてを手にしていた彼が,いろいろな醜聞に包まれたのは理解できなかった。父親との問題がまことしやかに説かれているが,真実はわからない。

ともかく何かがマイケルを際限のない自己否定にかりたてた。時代とともに確実に変わっていく顔の骨格と肌の色。アメリカの整形外科が自分のブログで,彼の整形の跡を正確に指摘しているが,最後のころの手術は失敗していて,鼻呼吸は困難だったらしい。

ともあれ「ビリー・ジーン」だ。若い頃のキンキンした声よりも,成長して、少しがっちりした体格の彼が,太めの声で歌う「ビリー・ジーン」が好きだ。膝と足首の関節がバラバラになりそうな足さばきから,突然ムーンウォークが始まる。歌詞がチープだと言われるが,そういう減点は他のプラスがじゅうぶん補う。

マイケル・ジャクソンは「ビリー・ジーン」を遺した。天才でなくとも,人間は誰でも自分だけの「ビリー・ジーン」を遺す。それはマイケルの「ビリー・ジーン」のように世界に感動を与えないかもしれない。しかし,一人でも二人でも,あなたの「ビリー・ジーン」を心に刻む人がいればそれでいいのではないか。それ以上を望むのは,人間として欲ばりのような気がする。


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